「俺さー、エミのこと好きなんだよね!」
「ふぅん」
「でさ、お前エミと一緒帰んだろ」
「んー」
「俺も帰る」
ペ ピ ン
10月に入ったということで油断していたら、その日はもうもうとした風のないだるい日だった。
天気だけがだるいわけではないことも付け加えると、私のやる気のなさはまだ許されてもいいと思う。
「だからなんでそこでおれなわけ」
「だってナオキ、ともだちじゃんか」
「こんな頭の悪い友達はいない」
「なにさー!この前単語100回手伝ってあげたし!」
「あの後バレて300回に増えたし!」
一緒に視聴覚授業をサボるのは今月2回目。
夏休み明けのやる気もだんだん薄れてきた先生の無気力のおかげで、私たちはぬるいコンクリートの上にいる。体育館裏にはよく来るけど、昔のマンガに出てくるいじめとか告白のたぐいを見たことはまだない。
足元のアリの巣に細い草を差し込みながら私はナオキがその気になってくれることを祈った。
だってそうじゃなかったらさ。笑えないんだよ。
「だーかーらー」
ナオキは小学校からの腐れ縁で、多分男子の中ではいちばん仲がいい。
ナオキにはすでに隠すべき恥というものがないというか、気心が知れているというか、まあ、気を遣わなくていい。だからたぶん男女の恋愛って成立すると思うのの一番の理由はナオキだと思う。
「だからなに」
「一緒帰ってよ!馬に蹴られるし!」
「蹴られとけよ」
「酷!カリギュラ!」
「(なんだよそれ)」
「笑えなかったら、ナオキが笑ってよ・・・」
「・・・・・・ふぅ」
ナオキはあきれたようにため息をついた。
「お前さ、そういうのなんとかしたほうがいんじゃね?」
「そういうのって言われてもわっかりませーん」
「だからそういうんだよ」
「どういうんだよ」
「絶対帰んね!1人で失恋しとけ!」
「ああーっ!失恋って言った!避けてたのにっ!」
そうなのだ。
今日の帰り、私は失恋するのだ。
(既にしてるということは気付かなかったことに)
(もしかしてただ帰りたいだけかもしれないし!)
無駄な足掻きだと笑われたとしても、私は秘密だけは守るつもりだ。
「明日きつねうどんで」
「ハイ!よろこんで!」
「何?何かの賭けでもしてたの?」
「あー、まあ、ちょっとね(とても言えない)」
「昨日今日の天気について賭けたんだ」
「ふうん?」
「お前らホント仲いいよな」
「(ナオキうまい!)そうなんだよねー。今度エミもヒロもやろうよ」
なんだかんだいって、結局ナオキは一緒に帰ってくれた。
明日の昼をおごるという条件付ではあったけれど、この鮮やかな夕焼けの下でこれから行われるありがちな儀式を思うと、「それ」が始まったときあからさまに聞こえないフリができるかどうか自信がない。
だってほら、何人もが告白大会を繰り広げてきたスポット(坂道のてっぺん)まで、あと20メートル。
私にとってヒロは特別だったけど、ヒロにとって私は特別じゃなくって。
ありきたりな告白の名所の方が特別で、エミは別格だったんだよね。
一生懸命エミに話しかけていたヒロが、「ちょっと」と言ってエミの歩みを止めた。
私たちは気がつかないフリをして、少し戸惑いぎみの絵理と私の存在を忘れているヒロを置いて、のろのろと坂のてっぺんから少し離れた電信柱の下まで歩いた。
ナオキは私のヘッドフォンの代わりをしてくれた。
だから私は失恋の瞬間が分からない。
次にナオキの血流の音以外に聞こえてきた音は、「ともだちのままで」だった。
もう1回あのどくんどくんという音が聞きたくて、私はナオキの手に自分のてのひらを重ねて耳に置いた。
夕日が美しい時間は案外短くて、いつの間にか閉じていたまぶたをゆっくり開けるとあの焼けるような赤い光は蜂蜜色にやさしい光に変わっていた。
顔を上げた瞬間に見たナオキは泣きそうな顔をしていた。
だからかわりに私は微笑んだ。
そうしたらナオキはいっそう泣きそうな顔をして、耳にぎゅっと押さえつけていた両手をゆっくりと離した。
汗ばんだ手が離れると、夕暮れの風が私の耳元を乾かそうと冷たく吹いた。
「ヒロは・・・?エミも・・・」
「帰ったよ」
「うん、そうか」
「ホント馬鹿だよな、お前もさ」
「馬鹿だよね、ナオキもさ」
私たちは空の暖色が寒色に変わる瞬間までそこに佇んでいた。
(10/01/03) 全然好きじゃない男の子だけどホントに帰り道でいきなり友達に告った子がいました。
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