私はどうしてしまったのでしょうか。
こんなにも、こんなにも。
こんなにも白い部屋で。
密 室 マ ジ ッ ク
「ねえりか、恋人繋ぎをしよう」
こんなことを言うキャラじゃないよな、と思って、それでも何か企んでいるのかと恋人繋ぎをしたら、何も楽しいことなんてなかった。むしろ驚いた。
「ヒロキ熱いよ?」
繋いだ手のひらは、汗をかくわけでもなく、ただ熱かった。
「そうかな」
ヒロキはさして気にしていないようにそう言って、絡めた指の力を入れたり抜いたりして遊んでいた。
「熱いよ、マジ。熱あんじゃない?」
疑問ではなく、確認の形で問うけれど、ヒロキはそれでもぼんやりと私の手を握ったり緩めたりして遊んでいる。
普段のヒロキはそんなことなくて、そんなに神経質でもないけれどここまでぼんやりしているわけもなかったし、やっぱりこれは熱があるのだと私はそう結論付けて、手を繋いでいるのを幸いに廊下へヒロキを引っ張った。
「どこ行くの?もう予鈴なるよ」
「保健室。ねえ、先生来たら保健室連れて行ったって言っといて」
近くの子にそう言い残し、「襲うなよ」という冷やかしに軽口を返しながら廊下に出ると、もう歩いている生徒はあまりいなかった。がやがやという音が教室の中から聞こえる。
一人一人にとってはどうでもいいけど大切な声たちは、ここにいれば風景と同じようだ。その声が近くにないことで余計に廊下の静けさを感じる。
「つらかったら少し体重かけても平気だよ?」
ゆるく繋がれたまま連れられているヒロキの顔はさっきよりも少し寝ぼけた感じがして赤い。
「失礼し、ます」
保健室は無人だった。
先生の机には、早退者を送り届けるために不在であることを告げる紙が一枚乗っていた。
私は2台あるうちの乱れていないほうのベッドにヒロキを押し込むと適当に戸棚を漁り、使いやすいようにであろう一番目に付く所にあった体温計のスイッチを入れた。
「多分見ないほうが元気だろうけど一応測ってね」
明らかに熱のあるヒロキはだるそうにそれを受け取る。
さっきから一言も言葉を発していないことに気付き、なんだか切なくなる。
母性本能とか、未熟者の私にはあるんだかないんだか分からないけれど、あるとしたらこれがそうなのかもしれない。そう思いながら私はなおも戸棚を漁って分厚いゴムで出来た枕と清潔そうなタオルをゲットした。
氷を少なめに入れた氷枕に水を適当に入れている所で電子音が鳴る。
「どう?」
「うん」
案の定ますます気力を失ったヒロキから体温計を受け取り、氷枕を物々交換。
ドキドキしながら数字を見ると、意外にも数字は37.5。
「あれ?案外平気?」
「体温低いんだよ、おれ」
なんか女の子のようだ。男子は体温が高いものなのだと勝手に思っていた。
「じゃあもしかしてつらかったりする?」
なんかさっきまでの対応と違う気がする、とヒロキはだるそうに言った。
たしかにだるそうだ。
「とりあえず私じゃ薬とかあげられないし、先生が着たらすぐわかるようにメモ書いてってあげるね」
保健室に来室した生徒に書かせるか、もしくは先生が問診するための紙を適当に埋め、体温の所の横に「平熱低めです」と付け足して、欄外に「よろしく」とよくわからないけど付け足してみた。
「これでよし」
そう言って立ち上がろうとすると、「ねえ」とヒロキが言った気がした。
「なに」
「そういそがなくても」
なんかかわいいかも・・。
不謹慎ながら、ヒロキはちょっと可愛かった。
普段は可愛いどころかサッカーしててガッチリなんだけど、ああ多分さっきの母性とかいうやつだと思う。
不意にさっきの「襲うなよ」というクラスメートの言葉がよぎる。
なるほど保健室は魔の空間かもしれない。
更に先生はいなくて、外界の音なんてさっき鳴り終わった本鈴から何も聞こえないし。
「もうすこしいようかな」
「そうしなよ」
少しだけカーテンの開いたヒロキのベッド。
くるくる回る先生の椅子。
私は天井を見上げながら無意味に椅子を回して、とりとめもないことをとりとめもなく考えていた。
保健室は魔の空間なのです。
だからだ。だから。だからなんだ。
だからなにが起きても仕方がないんだ。
いつまでも戻らなかった先生のせいで、このまっしろで少しくすんでるなにもない部屋のせいで。
ヒロキの熱のせいだったりするんだ。
いつの間にか近づいてきたヒロキが私に熱っぽい唇を押し付けていても。
私が何の疑いもなくそれを受け入れてしまっていたとしても。
すべてこの空間の魔力なのだ。
ブラウザで戻ってね。
...(02/09/02) とくにオチとかないですけど。
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