カーテンの裾が揺れている。


だれも逃がさないように
気を張り詰めたように隙間なく満たされた
この教室の空気が揺れているのだろうか?


温度なんて感じないのにまるで火星にいるみたいに
飴色の空気は陽炎でも創り始めそうに赤く、黄色い。



だれが好き好んで、こんな日に1人教室にいるだろう?


私?


だれが私のために、私を選んだんだろう?


1人もいない。













僕 の 罠 、 罪 、 答 え た 君















都合のいいクラスメイト。
適当に仕事がこなせて、だからこそこんな面倒な仕事を。


遠くで笑い声が聞こえる。
部活が終わったのかな、どこだろ。


私は民主主義なんて言葉の意味を半分も理解していないみんなの生活を守るために、週の半分も部活なんてしてない。
誰も内容なんて分かってないような仕事。だれでも出来るような仕事。
庶務部、なんて名前が似合うと思う。
絶対来年は誰かを推薦しようと、もう何度心の中で誓っただろう。


そりゃ、先生が先週シュークリーム差し入れてくれたときは「特権階級バンザイ!」とかいってはしゃいだこともあるけど、それはそれ。



「あれ、藤原さん、まだ生徒会終わってなかったんだ」


ゆらゆらとした空気が、急に騒がしい呼吸に挿げ変わる。


「北くん」


北くんは「お疲れ」といいながらロッカーを、乱れた息からは想像できないくらい静かに、それでいて素早く開けた。
忘れ物かな。サッカー部はもう終わったみたいだし(さっきの声はそれだったんだ)


サッカー部が終わった。


私も帰らなきゃ。帰りたい。帰れない。


北くんはカバンの中の教科書を適当にロッカーに押し込めて、開けたときと同じようにほとんど音を立てないで閉めた。蝶番がおかしいのは私のロッカーだけなんじゃないかと思うくらいにスムーズだ。


「藤原さん、帰らないの?」


「え」


「誰か待ってる?」


「ううん、北くん来る直前に私もここ来たし」


本当は待っていたんだ。
北君がここにいるということは、今頃校門あたりにはサッカー部がたくさんいて。
その中には葛西くんもいるということだから。
今行けば、限りなく家が近い(らしい)葛西くんとつかず離れずの距離で帰ることになる。


「じゃあ、帰ろう」


「え」


「え、じゃなくて、もう他の部も終わりかけてるから混むよ?」


北くんは当然私が一緒に帰るものだと思っているらしく、ロッカーから少し廊下よりの位置で待っている。


「気になるんでしょ?」


好奇とは違う笑みを浮かべて北くんは言った。


「葛西のこと」


「ち、ちがうよ」


北くんが何もかも分かってるよという笑みを浮かべるものだから、私は力いっぱい否定してしまった。
多分それは北くんにとって確証を得るのと同じ意味を持っていたんだと思う。
「気になる?」もう一度北くんは言った。


「それとももうしばらく、ここにいる?」


「ううん、帰る」










私と北くんは並んで校門を出た。


さっきの問答をしている間にサッカー部はあらかた掃けていて、空気は最後の赤を搾り出すように燃えているようだった。


「いなくなっちゃったね」


北くんは重そうな荷物を持ちながらもさっきと同じように笑って「みんな」と付け加えた。


「残念?」


「べつに。北くんなんか嫌なやつだよ今」


「そうかな、ごめん」


「・・・いいけど。・・・ねえ」


「うん」


「あれはさ、さっきの、私が葛西くんを何とかってやつ」


「あああれ?大丈夫だと思うよ、知らないと思う」


「みんな?」


「みんな。本当に、みんなね。葛西も知らないよ」


そっか、と、少しだけ肩の力が抜けた。
葛西くんはただのクラスメイトだ。
ただ、いちど、今日の北くんのように、放課後の教室で少し話したことがあるだけだ。


「じゃあなんで北くんは知ってるの?」


私は極力悟られるようなことなんてしていなかった。
他の子がだれが好きだとか言っているのを聞くのは嫌じゃなかったけど、聞いたからには適当に応援の言葉もかけなくちゃいけなくて、それが葛西君とその子の応援だったりしたこともあったから、悟られるわけには行かなくなった。
律儀とかじゃなく、この年でも一応世間体というものが気になった。
叶う見込みもない恋愛よりも身近の人間関係ということだ。
だからどうして北くんがそれを知っているのかが分からなかった(だって男の子の方がこういうことに疎いんだと思っていたし)


「わかっちゃったから」


北くんは曖昧に笑った。
その笑顔はさっきまでのものと違って、少しだけぎこちない。


「葛西にはさ、好きな子がいるんだよね」


北くんはますます曖昧な表情で笑っていた。
私はどんな顔をしていただろう。


「うん。ていうか、知らなかったけど、ま、いても普通だよね」


私は勤めて平静を装って、北くんみたいに笑う努力をした。
北くんは笑っていなかった。


「どんな子とか、聞かないの?」


「うん、いいや」


「そっか」


「うん、しょうがないしね」


そう言って笑ったけれど、上手く笑えていなかったのかな。
北くんは少し悲しげな顔をしていた。


「そんな顔しなくていいよ」


「うん」


「すっきりしたしさ、ホントだよ」


「うん、そっか」


すみれ色の空はまだ熱を持ったままで、気だるかった。
私の家と、北くんの家(そして葛西くんの家)の分かれ道に差し掛かると、北くんは「また明日」と言った。


なんとなく叶わないんだろうなと思っていたことが現実になって、悲しいはずなのに、私はぼーっと、北くんの影を眺めながら、北くんは泣いたりしないのかなと考えていた。


近しい人がいなくなると、抜け殻みたいになって、次にやりきれない悲しみが襲ってくる。
おばあちゃんが亡くなった時みたいに、たぶんすぐにも私は泣くだろうとぼんやりと思った。


出来れば家に帰ってご飯を食べて、自分の部屋に戻るまではぼんやりしていればいいなと、他人事のように思っていた。




ひとつの、大きな心が死んだ。




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