改札を出ると、今年にしては珍しいくらい脳天気に太陽が輝いていた。



















砂 鉄 あ つ め
















最悪だと思った。





歩はまだ太陽が天頂にすら至らない時刻からさっさと一日を終えようとするくらいに、大勢の行き交う駅前を眺めた。




人が多い。




既に大祐との待ち合わせ時刻から10分以上が経っていた。
多分大祐のことだから時間すこし前には来て待っていて、歩が少し遅れたくらいでは何事も怒らなかったように「おはよう」と言ってくれるのだろう。大祐はそういう人柄だった。
ならばさっさと大祐の所に駆け寄ればいいのだろうが、歩の視界に判別できる人影はなかったのだ。






土曜日の午前中という時間帯もあいまって、ここはとにかく人が多い。


それなのに。
歩は不機嫌そうに眉根を寄せた。




小さなバッグには財布と化粧ポーチと・・・携帯がない。
待ち合わせ場所は決めたが、この広場のどこにいるとかそういう細かい約束など交わしてはいなかったのだ。今のように大勢の人間に流動的に満たされている場所だから、ということで、詳しくは着いてから電話でもすればいいと思っていたのだ。


きらきらと光を反射している時計に細めながら目をやると。
歩が到着してからさらに3分くらい経過しようとしていた。




まずい。




いくら大祐でも、このまま時間が経ったらおかしいと思うだろう。
しかもどうしたんだと電話をかけても歩が電話に出ることはないのだ。




歩は以前大祐が携帯の電池を切らしたまま気付かないでいた時に大祐の浮気を疑い、あわや破局という所まで拗れたことがある。
そのときには歩が一方的に怒っていただけで大祐はそんな歩に誠実であったのだが、同じことをした歩に大祐はどう思うだろう?もしあのときの歩のように明日から歩の電話を着信拒否したりされても不思議ではないのだ。



今から家に取りに帰るとか、公衆電話から電話をかけるとか、そういう行動をシミュレートしてみたが、結局そうすると約束の時間どころかすっぽかすのも同然の時間になってしまったり、そもそも手帳もないのに公衆電話に入れるはずがなかったりすることに思い至った。


つまり歩はここで途方に暮れているのだ。




眩しさに立ち向かうように顔を上げて辺りを見回してみたが、自分と同じような格好をした子達が溢れている。
本当なら自分もそうだったように、彼氏と笑い合いながら歩いている子もいる。


なんとなく歩は絶望的な気分になった。




この広場で大祐と出会える確率はどれくらいだろう?



こんなことなら大人しく地元の駅前で待ち合わせておけばよかった。


歩はもう一度カバンの中をがさがさと探る。
財布も化粧ポーチも揃っているのに、普段一番どうでもいいと思っている携帯だけがない。
どうでもいいと思っているということは、本当にどうでもいいんじゃなくて、そこにあることがもう当たり前になってしまっているということだったんだと、歩はぼんやりと思った。




かえろうか。




歩はそのぼんやりの中でポツリとそう思った。


大祐を見つけられないのならこのままここにいても仕方がない。
ならすぐに帰って、家にあるだろう形態から大祐に謝りの電話を入れることが一番なのではないだろうか。




近くにいるはずなのに見つけられない大祐。
今彼がどんなことを考えているのかとか、そういうことを考えるとなんだか悲しくなった。


自分にとって大祐は少なくとも知っている中で一番と言うか別格に位置しているのに、携帯がないというただそれだけで歩は彼に出会うことすら出来ないのだ。
所詮特別だとか、彼氏彼女とか、携帯がないだけでこんなに簡単に切れてしまうものなのかな、と考えると、歩の気分はますます悪化していった。






もうやめたい





なにをやめるのかはわからないけどそんな考えが頭に浮かんだ。


大祐との付き合い?
ここにいること?


わからないけどこの太陽は歩の考える気力というものを奪っていく。
本来ならば明るければ明るいほど歩も大祐も盛り上がるはずだったのに。







歩はほんの少し、左足を方向転換させた。












「歩!」



都合のよい声が聞こえた。


きょろきょろと歩は辺りを見回したが昨日の帰りに分かれたときに見たあの顔は見当たらなかった。







「歩、こっち」




肩に熱が押し付けられて振り返ると、息を荒げた大祐がいた。


「なんだ、ちゃんと来てたんだ」


大祐は汗をだらだら垂らしながらほっとしたように微笑む。


「改札勘違いしてるかと思って一周して来たよ」


歩は笑う大祐をまだ信じられないように眺めている。
大祐はそんな歩を眺めながら「帰ろうとしてただろ」とまた笑う。




「歩に電話したらおばさんが出るからびっくりしたよ。ついでに歩さんとお付き合いさせていただいてますって挨拶しといた」




歩は大祐が話すのを聞いて、ようやく自分がここで一歩も歩かずに途方に暮れている時に大祐が何をしていたのかを悟った。




「泣かないでよ」


大祐は困ったように笑う。
それで歩は自分が泣き出していることに気付いた。




自分がこの何分かで嫌と言うほど味わった孤独感とか心細さとか、大祐とほんの少しでも終わりになるんだろうと考えたこととか、それなのに大祐が自分を見つけるために走り回っていたこととか、そんなことが歩の中で今更に膨れ上がって弾けた。


大祐はなんとなく察したように歩の涙を手の甲で拭いながら、「泣かないでよ、無事見つけられたんだからさ」と言った。




携帯を忘れただけで。


ただそれだけで大祐との繋がりが切れたような気がしていたけど。
けれど大祐は歩を探し出してくれたのだ。







歩は大祐の肩口に顔を寄せ、耳元で小さく「見つけてくれてありがとう」と囁いた。
大祐は悪戯っぽく笑うと「歩みたいな絶望的な顔してる子なんて他に見つからなかったからね」と、逆に囁いた。







具合の悪くなりそうな太陽の下で、けれど歩は今この場所にいる誰よりも幸せな気分だった。


















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...(02/08/29) 携帯忘れがちなのは私です。配色見難かったらごめんなさい。

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