つめたい、つめたいからだと


それいじょうにつめたいひとみ。



ぼくらはいつからこんなめができるように、なったのだろう？






チ　ョ　ー　ク　の　花






｢宮浦さん･･････｣




外は雨。


教室は色を失って雨の影を映し、そこにいる彼女もなんだか消えかけた色を引き摺っていた。




別にどうでもよかった､人のことなんて。
僕も今日は相当に落ち込んでいて､教室の置き傘も取りに来なくてもいいかななんて思っていたくらいだったから。



落ち込む理由なんてない。
けど何も考えないでいることが苦痛だと思った。
本気で悩むこともなく、いや悩まない方がいいんだと言われたっけ､けど。


冷めてるとか､そういうんじゃない。
けど周りが騒いだりしてることが､どうしても人生で大切なこととは思えなくて。
僕には何も､そういう風になれるものがない。


熱中してる部活でさえ･･･。




｢あれ､夏目君｣



宮浦さんはなんか黒板の所で、黒板消しクリーナーの中のチョークの粉で遊んでいたらしい。



手が白や黄色やピンクや水色や。
ぼうっとした色に染まっていた。



｢何してるの？｣
｢うん､チョークって手に悪いっていうから、手荒れ促進運動｣
｢なにそれ(くだらない)｣


｢うん､くだらないんだ｣


｢(エスパー･･？)｣




｢夏目君は､カサ？｣


宮浦さんに言われて初めて気付いた。
それがかなり驚きで､だから僕は同じクラスなのに話したことがほとんどない彼女を、もう少し知りたくなった。




｢うん。宮浦さん､よかったら一緒に帰らない？｣
｢私？うーん､もうみんな帰った頃だからいいかな｣
｢？｣
｢竹井さん､この間４組の子にライバル宣言されてたよ？｣



ああ､多分竹井さんってこの前転んでるのを助け起こした人か。
そういうことになってるんだ。
なんか、陸上部に入ってるってだけでもてるらしい｡卓とか、けっこう呼び出されてたっけ｡

｢けっこう怖いんだよ？嫉妬。笑いごとじゃないんだから｣
｢ごめんね。でも面白いなあと思って。女の子って｣
｢うん､私もそう思う｣



「かえろうか」








梅雨明け宣言はとっくに出されているのに、梅雨みたいに貼り付く雨。



空気は粒子でできている。




宮浦さんがカサを忘れてて､とか､そういうお決まりのパターンはなくて。
むしろカサを差している分だけ､彼女が遠い。
けどそれは心地好い距離感だった。




こうして普通に女の子と帰るなんて初めてなんじゃないだろうか。



普通に､がポイントで。
人並に付き合った女の子はいたけど､なんかここにいる僕を通り越して何か見てるみたいで気持ち悪い。
多分僕ではない夏目秀一という人を見てるんだろうと思う。



宮浦さんの肩が濡れてる。


･･･と思ったら､僕のカサから滴った水滴だった。




｢ごめん｣


｢え、何？｣




「ううん」


なんか意識してるのは僕だけみたいだ。





｢宮浦さんさ｣
｢ん｣


｢悩み事とか､ある？｣


なんかさっきの、そんな感じしたから｡と言うと、宮浦さんはどちらとも取れるように首を振った。


｢夏目君､相談されたがり？｣
｢そんなことないけど｣
｢私んちさ､お母さんいなくってね｣
｢･･うん｣
｢あ､ううん､そういう苦労話とかじゃないんだけど｣




チョークの粉を手にいっぱいつけて
手を荒らしたがる宮浦さん。



｢なんか､お姉ちゃん料理も洗濯もみんなやっちゃって。私だけ乙女の手ってやつで｣



だから苦労人みたいになりたかったんだ。
ちっとも手は荒れてないみたいだけどね。
声だけでえへへ､って､宮浦さんは笑う。
それは僕が仕方がない時に浮かべる笑みと同じ種類のもののようだった。



｢本当は幸せなんだよね。人が思ってるよりずっと｣
｢うん｣
｢けど幸せで､とか言ってるのが､なんか許せないっていうか｣
｢僕も幸せだよ？｣
｢･･････？うん｣
｢けど｣



けど、なんだろう。


｢けど･･･｣
｢ん｣


けど。


｢見えなくても､多分僕が笑ってるだけで喜んでくれる人がいると思うから､いいかな､って｣


うん。


｢前向きなんだね､夏目君｣
｢そうかな｣
｢うん､なんか幸せとかそういう言葉自体､何､って感じなのに夏目君が言うと自然｣
｢それがいちばんぴったりだと思ったから｣
｢そういうの､ホント､いいよね。何ていうか､綺麗だしすっきりしてて｣




｢宮浦さん｣


何でもよかった。



学校とか友達とか､部活でさえ、先が見えてて手に入れられないかもしれないとか
そう思ったことはなかった。
だから焦りとかそういうの、全然感じなくて。


ただ、けど、いまは。

うん。



何でもいいから君と話がしたい。







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