外は雨が降っていた。
なんとなく、湿気を吸った内臓が膨れ上がっているようで
今朝はぱりぱりに湿気のなくなったトーストをたくさん食べる。
(ああ、今日抜き打たれるんだっけ理科)
予告付きの抜き打ちテストがあることに気付いて急に体の調子が・・・!と訴えたけど、それは綺麗に無視された。
なんにしても、湿気が存在する分、教室の空気は重いのに薄い。
だから心なしか元気のない気先を無理矢理に元気づけて、新発売だ!と言って昨日母さんが衝動買いしてきたキャンディーを頬張りながら家を出る。
いろんな味が入ってるかわりに、ひとつづつしか入っていないから、小さな一期一会が繰り広げられる。
今口に入れてるのけっこうおいしいから、もしかしたら後のはどうでもいいのかも。
お菓子ひとつで出会いがどうのとか考えているということは、まだ寝惚けているんだろうか。
☆ ☆ ☆ ☆
☆ ☆
☆ 流 線 形 を 描 い て 走 れ
☆ ☆ ☆
☆ ☆
「おはよー」
「うあーい」
教室は、電気がついてるからその分外が暗い。
「今日3限テストじゃね?」
「だねー」
「なに、余裕?」
「うんにゃ、今朝思い出したから」
「友よ!」
「心の友!」
変な友情が出来上がっている。
「おはよう」
「おは、よ」
ああ、なんか余裕って感じで入ってきたこの人。
なんだか南の海のサルベージ船を思い出す。その心はいつも釣りしてるみたいだ。
「あれ、藤岡君なんか元気なくない?」
「ほっといてください・・・」
「(なんかおもしろいかも)」
「(ヒィー!)」
目を合わせてはいけなかったようで、彼女は思い出したかのように「そういえばテストだっけ、それで?」とにこやかに仰った。
いいんだ、どうせ佐藤さんは抜き打とうがなんだろうが、たとえば寝惚けながらだって完璧な答を見つけてこられると思うから。
「今気付いたの?じゃ、もしかして・・」
「ごめん仲間にはなれない」
「(なんか嫌な性格をしてるこの人・・)そ、そうだよね・・・」
「あ、でも多分補習の課題とか回収するのは私だから」
「そうですか・・・」
「西田、今日の・・」
「ああー!心の友!」
「(ゲ!何・・)テスト中止らしいよ。先生病欠だって」
「ほ、ホント!?」
「うんさっき日直の子から聞いたから」
「したら自習!?」
人の不幸を喜ぶわけでもないけど、僕が悲しんで涙を流したところで先生の汗には負けると思ったから正直に快哉を叫んだ。
西田はそんな僕に「プリントの束があるけどね」と不吉情報を流して、それでも分担したら早いんじゃん?と素敵アイディアを残して隣のグループに殴りこんで行った。
湿気った教室は、どこからか人が漏れて行ったみたいで、疎らだった。
「なあー、問4はアじゃね?」
「ばっかだなー、こういうのはウなんだよ、大抵」
みんなが分担して作業を進める中、僕たちも同じように分担して作業は進んでいた。
この薄い紙は、一体この45分をどのくらい有意義にしてくれるのだろうとか考えながらも、それは埋まって行った。
ふと斜め後ろを見たら、プリントが置かれた机と一緒にいるはずの彼女はいなくなっていた。
多分、見えないけど答えとかは書かれているんだと思う。
佐藤さんはありふれた名前とは違って、なんだかちょっと変わった子だ。
頭はいいし、友達もたくさんいるけれど、時々ふといなくなるのは普通の女子よりも自立心が高いと言うのか、多分トイレは1人で行く派なんだろう。そんな感じだ。
ちょっと気をつけて見ていたら、彼女がどこにいるかなんて分かってしまう。
だから僕は、微妙にウの多いプリントを同じように机に置いたまま、教室を後にした。
屋上は一般立ち入りが禁止になっているけれど、一箇所だけ開く扉がある。
それを僕が偶然見つけて、何気なく、そう何気ない様子で彼女に教えたのが春。
それから彼女が教室からいなくなる機会が増えた。
「さとうさん」
できる限り音を立てずに扉を閉めてから囁くように名前を読んだ。
「佐藤さん」
もう少しだけしっかりと名前を読んでみたら、少しだけ笑顔の佐藤さんが顔を出した。
少しだけ笑顔なのが相当に嬉しくて、僕は「やっぱり、いたんだ」と言った。
「いたよ」と佐藤さんはうれしそうに笑う。
それがなんだか胸を締め付ける。そんなに嬉しそうにしないでよ。
「ここ、いいよね。もうすぐ使えなくなるけど」
すとんと腰を下ろして僕にも座るよう促しながら彼女は言った。
「え、使えなくなるの」
「え、だって寒いじゃん。藤岡君若いのに高血圧?」
何でもないことで嬉しそうに笑う彼女。
それを見て何でもないように装いながら嬉しい僕。
なにかがおかしい。
なぜ僕がここにいるのかとか
全く繋がりのない(強いて言えば掃除当番が一緒だということくらいの)僕が
一見目を惹くわけでもないこの人に拘ってみたりするのは何故なんだろうと
そんなことを考えていた。
「アメ、いる?」
会話が詰まったので、僕はポケットに入っていたアメを思い出した。
なかなかに苦しい逃げだ。
「いる」
それでも彼女は同じように笑っていた。
「オレンジと、アップル、どっちがいい」
「んー、オレンジ」
要望に応えてオレンジ味の方を渡し、自分でアップルの包みを開ける。
糖分は疲れにいいらしいけれど、精神的な疲れには効くのだろうか、とか考えながらもう一度佐藤さんを見ると彼女は包みを弄ったまま空を見ていた。
「食べないの?」
「うーん、オレンジよりアップルが良かったかもと思ってね」
「なんだ、食べる前に言わないと」
「うん、食べた後だから思ったんだけどね」
佐藤さんの言葉は要領を得ない。
けど別にアップル味のキャンディーが食べたいわけではないようで、しばらくするとオレンジの包みを開け始めた。
「藤岡くんってさ」
「・・・」
「・・・」
「・・・なに」
「よく分からない」
そう言って佐藤さんは立ち上がると、「そろそろ教室帰んないと」と言った。
「今頃ご出勤みたいだよ」
そういえば砂利を踏むような音と、エンジン音。
「そっか」
「藤岡くん」
「なに」
「藤岡くんはここじゃなくあっちのが似合うと思うよ」
「・・・」
「凝縮っていうか、走れメロスみたいだよ、外走ってる時」
にこ、っていう音が合っていると思う。
それだけいうと、佐藤さんは早足で屋上を後にした。
取り残された僕はというと、十数分後やっと教室に戻ったところを先生に見つかって怒られたのだった。
なんとなく、今日の部活は頑張ろうと思った。
寒いけど。
もう少し、暖かな日が続けばいいと、密かに祈る。
(09/24/03) パソコンに残ってるのを発見。いつのだろう?
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