「あいつユキのこと好きなんだってよ」




ミサキが教室の後ろのほうをさしていった。
話題の中心は、窓際の一番後ろという好立地な席をお持ちのリョウ君。


リョウ君とはついこの前まで机が斜めの近所づきあいだった。
けどそれだけでそんなわけの分からない噂が出回るとは。
目立つユキエ(名前が似てる)がリョウ君のこといいとか言ってたからだと思う。


そして私は去年文化祭に来ていたリョウ君のお兄さんにひそかに憧れている。














    
 わ か れ み ち













ミサキが余計なことを言うから、あれからリョウ君となんとなくぎこちない。




多分それはリョウ君も同じだと思う。だってなんか、ぎこちない。
私にとってはべつにリョウ君はかっこいいとかじゃないし(ごめん)
友達とはちょっと違うんだろうけど、でも男女総合しても話せるほうだと思ってたのに。


そしたらなんか、今度は私がリョウ君を好きとかいう噂が。


ホントやめてほしい。




「ホントのとこどうなのよー、ねえ」
「うっさい。いくらミサキでも怒るよ?」


それでもミサキはにやにやしながら続ける。
今は授業中。いくら体育でも、授業中!と主張した所で、サボってばかりのユキが言っても説得力のかけらもなく。逆に照れ隠しと取られるから、さっきから適当にそこら辺の追求だか暇つぶしだかを交わしていた。


「いいじゃん。もうみんな知ってることだしさー」
「無責任に嘘をばら撒かないでよ」
「まあまあ。べつに嫌いではないんでしょう?」
「嫌いじゃないけどだからそこでなんで・・・」


「ユキ、余っちゃったから私も入れて」


ユキエが立っていた。
気付くとなんか3人で組めとかいうことになっていた。


「え、いいけどこれから何やるの?」
「さあ」
「体操、だって」
「さっき柔軟やったのに?もういいよー」
「サボってたくせに」


「ねえところでさっき話してたのって・・・」


目立つユキエが1人になるはずないと思っていたら、やっぱりそういう狙いっていうかなんていうか、どうしてこう噂好きなんだろう。そうでなきゃあのグループでやってはいられないんだろうけど。
でもユキエはリョウ君のことを気に入ってるのに、それでもユキの話なんて聞きたいんだ。


「ああ、あの噂のことなら違うから安心してよ」


ユキは困ったように笑ってそう言った。


「でも仲いいよね?」
「恋愛感情はないよ。私も、多分向こうも」


私は出来るだけはっきりとそう言った。
けどユキエは「ふうん」といって、こちらも困ったように笑うだけだ。
絶対信用されていない。




ちらりとステージのほうを見ると、リョウ君が普通に他の男子と喋っていた。
性別が違うだけで、ひやかされ方が全然違う。
どうしてこういう話になると、女は不透明なんだろう。
リョウ君のときは適当にからかわれていただけで、その日のうちに飽きられてしまったような話題なのに。









「あ、ごめーん」




その後の授業は、なんかもう、普通にやっていたら出来ないような痣が出来るようだった。
ユキエはやっぱり納得なんてしていなくて、主に足をけられたり、体当たりされたり。
けれどその都度「本当に失敗してしまった」という顔をしてごめんと謝られては何もいえない。


時折ミサキが勘付いたのか何かをユキエに言いかけたけれど、それをユキは止めていた。
なんとなくユキエの気持ちも分かったから。
好きか嫌いか、どちらかで、リョウ君と話す話さないが決定されることを私が疑問に思うように、ユキエに私は、とてつもなく優柔不断でいらいらする存在なんだろうと思ったから。




授業が終わって、ジャージを脱ぐと私の足は無残だった。
いくつか赤い跡が出来ていて、何日かするとそれが青くなるんだろうと思ったら、なんだか悲しくなった。
ユキエのヤツ後先考えないで、とか、紛らわすようにつぶやいてみたけれど、べつにユキエに対してはなにも思わなかった。ただ、周りになんて説明しようとか、そういう現実的なことしか思いつかなかった。先手を打って、ユキエがやっぱり「ゴメン」といっていたし。
それが本心からじゃないってことは、表情を見れば分かったけど。







「ユキ、お前なんだよその足」


授業が終わって、放課後になって、気付かれたくなかった人に気付かれてしまった。


「ああ、うん。体育のときにね。お腹すいてたからどんくさかったんだ」


笑ってユキは誤魔化す。
リョウは怪訝そうにユキの笑顔を見つめる。
通りかかった男子がひやかして行ったけど、リョウは別に気にする風もなく適当に返事をしていた。
こういう子供じゃないところが、ユキは気に入っていた。


「嘘吐くなって。何となく見てたし、他のやつも話してたんだよ、あの時」
「まっ、まじで」


慣れないいじめなんてものをしてしまったために、ユキエの株は暴落していたらしい。
慣れないいじめ。そんなものをしなければいけないほどユキエに恨まれていたのだと思うと悲しくなった。
別にこうしてリョウと話すことには、今も罪悪感なんて感じないけれど。


「お前もお前で避けるとかキレるとかしとけよな。しばらく消えないだろ、それ」
「キレるって・・・別にそれほどじゃないし」
「お人好しだよな、ユキって」
「なんかそれむかつく」








「で?」
「で?」
「だから、なに?喧嘩してんの?ってこと」


立ち話もなんだからということで、ユキたちはさっき自らの手で掃除を終えたばかりの音楽室にいた。
今は遠征中ということで、吹奏楽部は今日は来ない。
校門に面した窓からは、飴色に色づく前のふわりとした光が入っている。


「してないよ」
「してんだろそれ。じゃなきゃあんな般若のような顔しないって」
「(般若・・・)私別にユキエのことなんとも思わないし」
「だからか・・・(かわいそうに)」
「?」
「手ごたえないから増長してるんだろ」


はあ、と、大袈裟にリョウはため息をついた。


「だってさ」


「うん?」
「ユキエは私がリョウ君と話すのが気に食わないんだよ」


ユキがそう言うと、リョウはそれまでの表情を僅かに崩して、「なんだよそれ」と呟いた。
今度はユキがため息をつく番だった。
ため息をつきながら、ユキは「ごめん」と、ゆっくりと思った。


「ユキエはリョウ君が好きなんだよ。もともと陰湿な子じゃないと思う。
それから私がリョウ君を好きなんだとか、リョウ君が私を好きなんだと誤解してるんだよ。
けど私は別に彼氏彼女じゃないからって話しちゃいけないっていうのは違うと思うから話してる。
もしリョウ君が今の話を聞いて、女って面倒だから関わりたくないとか思うんだったら・・・
私と話すのはやめたほうがいいと思う」


ゆっくりと淀みなく、けど途中で何も言わせないような口調で私がそう言うと、リョウ君はなんともいえない顔をした。


「オレがユキを好きってのは、誤解じゃないよ」
「・・・うん」
「それでもユキはそう思う?」
「うん・・・リョウ君とはこの間みたく屋上で肉まん食べたり、一緒にサボって話してたりとか、そういうのがしたいんだ・・・」




「そっか」とリョウ君は呟いた。
「うん」ともう1度私は呟いた。







「かえろうか」







初めて一緒に帰った。
リョウ君の家は案外私の家から近いということが分かった。


その頃にはもうあんまり人は歩いていなくて、帰宅部と部活上がりの生徒の間を縫うようなこの時間を、2人でゆっくりと歩いた(確か2人とも部活はしていたけれど)


さっき私が話したように、リョウ君はわざと核心に触れるような話はしなくて。
それでも時折私の足元をみては切なそうな顔をするので、私はなんとか飲み込んだ涙で喉が塩辛い気がした。





「じゃあ私こっちだから」
「ああ、じゃあ」







「ばいばい」










また明日、とはどちらも言わなかった。
確かに明日も会うんだろうけど。





願わくはまた明日、「おはよう」と言えますように。












...(02/09/07) 半分実話。









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