よく寝る子は、育つのです。
身長は伸びるし、体重も増える。
そして眠っている間は精神的にも平和です。
見たくない
聞きたくない
そういうのみんな、一瞬だけ違う場所の出来事だし。
だから私の趣味は、スイミンです。
特にみんなが先生の視線を掻い潜って眠る時に
ひとりだけ安全な場所で眠るコト。
それを普通は、サボリとか、いうらしいです。
決 し て 見 つ か ら な い 場 所
「次体育だよ、小野さん?」
「・・・・・・」
「そっちは体育館とは反対方向だし、制服着てるけど」
こいつ絶対分かってやってる。
私がこれから化学準備室で寝ようと企んでること。
ああ、なんかやだ。
彼は、青木君は生徒会長とかやってるだけあって、こういう生徒を見つけたら、多分。
たぶん。
「先生に言う?」
と、思う。
たとえつい先月まで同じ班で結構話をしてた仲だとしても。
青木君は、らしからぬ笑みを浮かべた。
「うーん、どうしよう」
私の運命を握り締めてわらう。
なんか、なんかなんかなんか、もしかしてあんまりいい人じゃないかもしれない。
(人望があるから当選したんじゃないの・・・?)
そんなことを考えて、私は脱力した。
初歩的なミスだった。
彼は私を責めるためにここにいるんじゃないと気付いた。
「てか、青木君もジャージ着てないじゃん」
「正解」
「なにそれ」
衣替えを無視して、青木君は学ランを着ていなかった。
みんなが黒い中で、なんだか目に染みる白いワイシャツ。
さわやかキャラで売ってるのかと訊いたら、普通に売ってないよと答えられてしまった。
冗談が通じないやつなのか、と思っていたら、「そんなことしなくてもさわやかキャラらしいしね」と返される。
天然ではないと確信。
けど別にそれがどうしたということもなく。
「どこに行くつもりだったの?」
私の質問には答えずに、青木君は同じ質問を返してきた。
「化学準備室」
友達が科学部だから、私は準備室の鍵が掛かっていないことを知っていた。
準備室は教育実習生が来る時の控え室にもなっているから、ソファも置いてあるし、お茶も飲める。
「ああ、それやめたほうがいいよ」
笑顔のままで、青木君は言った。
「なんでよ」
「さっき茅島に教えちゃったから、多分今頃柳谷さんと一緒じゃないかな」
あー。
じゃあ私の安息の場所(ソファ)はなんですか、そういうことになってるんですか。
余計なことを・・・。
「で、どこに行くつもりなの?」
妙に嬉しそうに彼は訊く。
「えー、じゃあ・・・」
体育館の放送室はマジックミラーからみんなを覗いて優越感が楽しめるけど今からはムリだし。
保健室は青木君があっさりバラしそうでいやだ(バレたらこれから疑われることになる)
屋上はこの前の台風から閉鎖されて忘れられてるし。
私が数秒かけて片っ端から見つからない所を探していると、青木君はにこにこしながら言った。
「おれ、いい所知ってるんだけど」
「え、何、どこ?」
「うん、絶対に誰にも見つからなくて、ソファはないけどお茶とお菓子がある所」
「へ、へぇー」
というかこの人サボったりするんだ、と思っていたら、見透かすように「そりゃね」と彼は言った。
それから。
一緒に行かない?
目がそう言っていた。
・・・共犯者ですか?
それ以外にわざわざいちクラスメイトの私と一時間もサボる理由が見つからない。
「ね、もう予鈴鳴るよ」
差し出された手を、私が取るはずもなく。
(なんかバレた時に「小野さんがどうしてもと言うから・・・」とか言って逃れそうだな)
「どこ行くのか教えてくれなきゃイヤ」
青木君は笑って、「いい所だよ、本当に」と言った。
答になっていない。
それでも彼はそれを答ということにしたのか、私の手を取って歩き出した。
なんか無理矢理だなあ・・・。
と思っていると、向かった先は職員室方向だった。
(だまされた・・・!)
「ひどすぎる・・・」
「違うって、そっちじゃなくて」
「なに?」
「ほら、ここ」
「・・・う、っわー」
そこは職員室のすぐ隣だった。
「生徒会役員室」という扁額が掛かった部屋は、こぢんまりした教室のようになっている。
窓から見える煙は、この前分煙になった職員室の決まりに従う先生のタバコだろう。
「なんっか、バレてそう・・・」
「小心者だね、小野さんは」
「マジメちゃんですからねー」
「じゃ、そこのドア、隣と通じてるけど?」
「・・・日本語、得意じゃないので・・・」
生徒会室は本当に静かで、誰にも見つからなくて、お菓子がお茶があった。
青木君は慣れた動作でポットからお湯を注ぐと、紅茶を手渡してくれた。
「いつもここでサボったりしてるの?」
「いや、もうすぐ任期終わるし、いいかなと思って」
「任期?そういえばいつまでだっけ」
「3年は文化祭までだから、あと1ヶ月くらいかな」
「そっか、だから今日は特別にサボったの?」
なんだか感傷に浸りに来たような雰囲気。
少しだけ居心地が悪い。
「そういうわけじゃないけど、特別っていうのは当たり」
「へー。やっぱりあんまりサボらないんだ」
「ここぞって時に怪しまれたくないからね」
「(いつも「ここぞ」なんだけどな私は)」
「それにまじめですからね、僕は」
「そうらしいですよね、会長(ぼ、僕・・・)」
「小野さんはさ」
そう呼ぶ青木君は、やっぱり生徒会長だ。
なんとなく声がパリッとしている。
「次の昼とかどうするの?」
「いつも通りのつもりだけど?」
「いつも教室いないよね」
「や、そんなことは・・・」
「話したいと思っても、いないしさ」
だから強引に連れてきたんだ、と青木君は笑う。
なんだそんなこと、と私は思う。
女友達とか他に、いないんだろうね、うん。
ガールフレンドは友達ではなく、なんとなく彼女に近い雰囲気だと思う。
多分彼の言う彼の女友達は、ガールフレンドなんだろうな。常に昇格する予備軍。
そういうことを普通に言うから、女の子の票が集まるんだね。
それが票の集まる秘訣という所だろうか。所詮政策なんて中学生には必要なくて、人気投票なのだから。
「何かやなこと考えてない?」
「え、いやそんなことは」
そしてよく気がつく。
「小野さんてさ、何か騙されて300万の着物とか買わされそうだよね」
青木君はわけの分からない例えを出して笑い出した。
「なにそれ」
「気をつけた方がいいよ、他に真珠やダイヤとかも」
なおも彼は笑い続ける。
なんだかとても楽しそうだ。
「嘘なんだ」
「嘘?」
どこからどこまでが、どういう嘘なのかが分からない。
まさかサボってることが全て先生に知られてて、あのドアを開けたらみんなに笑われるとか?
どういうこと、と問いかけても青木君はそれから関係ないことをだらだらと話したり、隠してあるトランプでふたりババ抜き(果てしなくつまらない)を始めようと言ってきたりするだけだった。
やがてチャイムが鳴ると、青木君は「そろそろ帰ろうか」と言った。
だから私は「そうだね」と言った。
立ち上がってトランプやら食器やらを片付けながらまたくだらない話をして。
不意に沈黙が訪れた(というか青木君に会話を絶ち切られた)と思ったら、彼は妙にあらたまって私の方を見て、ひとこと、言った。
「化学準備室、本当は誰もいないんだ」
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