昨日携帯を壊しました。


ショックだった。




だけど、本当にショックだったのは。






オ レ ン ジ ド ロ ッ プ ス





「なんだよそれ、だっせー」
「うるっさいわね。八木のも一緒にしてあげようか?」
「わ、なにすんだよ!!やめろって!」



ポイ、と投げられた携帯を余裕でキャッチするあたり、面白くない。


もう少し慌ててよね。


「なんで携帯壊したんだよ、肌身放さずって感じだったじゃん」
「んー、それが分からないんだよね。気付いたら車に轢かれてた」



カナは携帯がなければ1日が始まらないタイプ。
寝る時も枕許に置いておくし、目覚ましも携帯。
それくらい「携帯が友達」のカナがなぜ、というのは本人が1番思ったことだったが
気付いたら車道でタイヤに踏まれる一瞬前だった。。
頑張って新機種を買ったばかりだったのに。と、カナはすごく残念に思った。



あんなに車が乗ったのに、携帯は修理できるらしい。
だから今は借りものの旧機種で我慢。
どうでもいいけどかなりださい。○○支店、というシールまで張ってあるのだ。
薄汚れたホワイトの携帯に、それでも精一杯可愛らしいストラップをつけて歩く。



それでも気分は晴れなかった。




「佐伯!今日部活ないからどっか寄ってこう!」


八木が誘うから、一緒にマックに行った。
貧しいの中学生には価格が重要なポイントなのだ。



陸上部が休みなんて珍しい。
つまりは八木とこうして寄り道するのも久々のことだ。
私は八木の彼女でも何でもないから、学校でいくら仲がよくても無理して会おうとかそういうことにはならない。
それが気持ちよかった。男とか、女とかじゃなくて。


本当の所、私は八木が好きだ。
けどヤツには恋愛という言葉はかけらもないらしい。
それが分かってからは、誰かに取られるわけでもないから友達。
友達の誰にも自分が八木を好きなんて匂わせもしてないから、多分この気持ちを知っているのは私だけだと思う。
そのうち八木が好きな子の相談なんて持ち掛けてきたらどうしようと考えたこともある。
けど現実味のないその危惧は、私の行動を変えるだけの力を持たなくて。


それで今日も、クラスのくだらない話題を面白おかしく話したりした。



砂糖と油を身体いっぱいに摂取した頃には、もう空は飴色になっていた。
「明日はうざいくらい晴れるね」といったら「佐伯の言葉遣いっておもしれー」といわれた。


家が近い私と八木は、小学校の頃、よく一緒に帰ったっけ。
まだ互いに名前で呼び合ってた頃だ。
夕方になると道の脇のコンクリートで固められた川が、金魚の鱗みたいに光って
その中に黒い得体の知れない魚がいるのを見て柵を越えて川に入ったこともあったっけ。
なつかしい。
みんな。
あの頃は目の前にある全てをそのまま信じても、誰かが子供の純粋さを守ろうと真実に変えてくれた。
けれど今は、自分で自分の信じるものを決めて、それに裏切られることだってあるのだ。
そうして、大人になって、今度はあの頃の私と同じような子の純粋さを守る強さを身につける。


川は変わらずに鱗模様をしながらゆっくりと流れていた。


珍しく八木は黙っていた。
いつもと違って、強張っているようにみえる。
だから私は何か話題を出さないと、と思って、言う必要のないような話を始めた。
ううん、本当は言いたかったんだと思う。
そしてそれに八木がどんな返事をするのか聞きたかった。



「ねえ八木」
「うん?」
「最近いつ、携帯の電源切った?」
「うーんと。携帯買って、電源入れる前」
「消したことない?」
「だって誰かがメール入れたりするじゃん」



あちー、蒸し暑いね、とかいいながら、八木はだるそうに返してきた。



「私さ、機能携帯壊してから店で替わりを借りるまで、初めて携帯がない状態だった」
「困っただろ、お前、携帯依存症だから」
「違うって。まぁ、確かに困ったんだけどさあ」
「だろ?」
「だけどね、どうして困ったかって、お金がかかることだったんだよ」
「そりゃ困るだろ。マックしか行けない俺らだし」



部活をやってる私や八木は、バイトなんてやってる場合じゃない。
(おまけに学校はバイト原則禁止だ)
だからお金に困るのは本当なんだけど。
だけど言いたい所はそれじゃなくて。



「電源入れたら、着信がしばらくたくさんあって」
「心配したんだろ。佐伯にメールすると必ず5分以内に返って来るし」
「うん。それでぞっとしたんだ。私、この子達とそんなに親しくないじゃんって」
「ひっでーな、それ」
「誰が」
「お前」



いくら友達が多い子だって、友達と言うにはまだだけど
知り合い、じゃあ冷たいかなっていう友達はたくさんいるはずだ。
むしろ1番そこにカテゴライズされる子が多いと思うんだけど。



「私毎日たくさんの子とメール送りあったり電話したりしてるけど、もらったメール、一度も保存したことってないんだよね」


保存して、あとから眺めてみる必要のあるメールなんて、一通もない。
ただログは常に最大で、古いのから順に泡のように消えて、その繰り返し。
私が送るメールだって、きっとそういう運命を辿っているんだろう。


「私が携帯轢かれてる時に、私のよく知らない程度の人まで携帯の電源が切れてるってことを知ってるのって、なんだか気持ち悪い。ストーカーされてるみたい、自分でお願いして」


私の身に何かあった時にそれを知ってるのは、助けに来るとか考えることもないような人たちで
私の身に何かあったと知って欲しい、例えば八木とか八木とか八木には伝わらないってことが
なんだかすごくやるせない気分になったんだ。
八木は他の子たちみたいに馬鹿みたいにメールを送ることもないし。
八木にもらったメールは確か、明日の時間割のことを聞くとか、風邪で休んでるけど大丈夫かとか、そういう用件のあるメールだけだ。


「佐伯がそういうこというとは思わなかった」
「携帯依存症だから?」
「それもあるけど、お前はそれでもいい、って思って、顔も知らないようなヤツとまでメールしてるんだって思ってたからさー」
「それじゃ私が寂しい人みたいじゃん」
「寂しいんだろ?」
そうだけど。誰でもいいわけじゃ、ない。



素直に八木といたいとか言えないから、八木といたい、を、誰かといたいに置き換えて話してた。
見事に八木はそれを信じてくれちゃってたわけで。



「うん、だけど、誰でもいい訳じゃないから、もう携帯やめようかなって思う」



私はそういうと、制服のポケットから可愛くない携帯を出して、ボタンをぎゅーっと押した。
電話の受話器が本体に乗っかってる、いわゆる電源ボタンってヤツだ。


「あーっ!」


八木が面白がって驚いて見せた。



「いいのかよ」
「いいの」
「おやすみメールとか、もらえないんだぞ?」
「恋人でもないのにおやすみとか言わなくていいし」


「・・・おやすみを言いたい人とか、いるわけ?」



気付くと、八木はさっき、黙って歩いてた時と同じ、少しだけ力を入れた顔になっていた。
八木の後ろにはきらきら輝く川があって、普通に考えたらすごくドラマチックなんだろうけど
コンクリートでコーティングされた川かと思うとそうでもない。
けど、それで余りあるほど、なんとなく八木もこんなドラマみたいな顔も出来るんだって思った。


「八木、とか・・・?」



完全に雰囲気にやられたと思った。
いつもの私だったら絶対教えたりしないのに。
見込みのないと分かってて、こんなこと。
恥ずかしくなって、でへ、とか照れ隠しに笑ってみた。
ほら、八木、自分から振ってきた話題だったのに、携帯いじりだしてるし。


「シカトとか、つらいんですけど」



「今、メール送ったから」
「は?」



「だから家に帰ったら一瞬だけ電源入れてみて」



そういうと、八木は私の手を取ってさくさく歩き出した。
はじめ私は八木の行動がわからなかったんだけど、5歩歩くうちに八木の言いたいことが手のひらから伝わってきた。


「ね、八木、夜電話してもいい?」


「えー、もう携帯手放す宣言撤回なの?」
「それいったら八木さっき電源入れろって言ったでしょ?ついでよ、ついで」
「しょうがないなー、じゃあ、電話でおやすみって言ってくれたら許す」
「なにそれー」


・・・明日は、晴れそうです。




ブラウザバックで戻ってね。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送