梅雨 ウザい 終われ。



毎日のようにそう言いながら、きっと明日も同じことを言いながら
それでも文句を言いながらも相合傘で帰るんだろうな。
そう思っていたら、今朝は晴れていた。










Singin’ in the rain










要との共通項で、合言葉で。



けど本当は僕、雨はそんなに嫌いじゃない。
いや、むしろ好きかも。



だって君は雨の日の昼休み、教室にいるから。
教室で僕や卓(これは余計だけど)といっしょに昼食。
晴れたらどこに行くか分からないけど、外。もちろん要1人な訳もなく。



要が3人の関係に(といっても一緒に弁当を広げるだけ)ピリオドを打ったのは
学年が上がってすぐのことだった。
要曰く、お告げがあったらしい。



お告げってなんだよ。



神様にはテストの前とかに「学校を破壊してください」とか物騒な願いをやる気なく唱えるだけのくせに。
けど要にとっての神は仏でもキリストでも八百万の神でもなく、勝手に作った要オリジナルの恋やテストの神様なのだった。



もういい。僕もなんで要なのか分からなくなってきた。



晴れたから、今日は卓と2人きりの昼休みだ。
牛乳パックを握り潰して放置する卓を見ながら
僕はサンドイッチの残りを口に放り込む。


「なあ、ナツ。要とあいつ、合ってると思う?」


合ってるも何も。
「さあ?」とだけ答える。



「いつの間に仲良くなったんだろうな。俺、まさか自分の友達が
禁断の恋に走るなんて思わなかった」


禁断の恋。


要が付き合ってるのは教師という、何ともありがちだけど
やっぱりありがちなりに障害の多そうな職業の相手だった。
しかも独身とはいえ、かなり年上の。



「まったく、要があんなオジ・・・え、と、年上が趣味だったとはおどろいたねー」



「藤沢くーん?今何か言いかけなかった?」



うしろから卓のほおをぶにぶにと引っ張りながら要の登場である。
すこぶるご機嫌なのはやっぱりあいつと会ってきたからなんだよね。



「や、やあ要!今日も綺麗だね!」
「早かったね、今日は。いつも5限に間に合うかって時間なのに」


2人がかりの歓迎に、要はようやく卓の頬を放して
近くの椅子に腰かけて「まあね」と微笑んだ。


「次の時間、忙しいから」


知ってる。次は2−4の日本史だ。
自分でも女々しいと思いつつ、目に入る。
どうせ教師と生徒の恋愛なんて障害自体がスパイスなのだろうから長続きするはずなんてない。



けどもう限界に近い。
ふわりと微笑む要の目の細め具合とか
でへへ、と照れ隠しにのけぞるときの首の白さとか。


なんで僕じゃないんですか。
なんであいつなんですかしかも比較すら出来ないステイタス。



(梅雨、戻ってこい。)



心の中でそう呟きながら午後の数学を受けていたら
曇り出した空から雨が降った。(やっぱり日頃の行いだと思う)
密かに要の方を見たら、同意を求める眼差しと一緒に「雨」と形作る口。
ごめん僕が呼んだんだよ。


少しくらいの雨ならあの鬼顧問が部活を休みにするはずはないんだけど
雷が校舎の避雷針に落ちたとかで先生たちが騒いでいたから
多分休みになるんだろうなと思ったら、こうない放送で例外なく全ての部活は休みですと放送があった。



「要、入ってくんでしょ?」



面倒臭がりな要は、雨が降っていると知っていても、朝降っていなければ傘を持ってこない。
そして僕の傘に入る。家が同じ方向だからということらしいけど、
そのために陸上部(要は帰宅部に限りなく近い写真部だ)の終わるのを待たなければならないことは面倒ではないらしい。



「いつもすまないね」


おばあさんみたいに腰を曲げて僕を見上げると、えへへ、と笑う。
上目遣いはやめてくださいきついです正直。



滝みたいだった雨は、僕らが校門を出て少しすると互いの言葉を聞き分けられるくらいには小降りになった。


「ねえ夏目君」


「なに?」と顔を向ける。



「ナツは好きな人とか、いないのかな?」


多分僕の顔は一瞬笑顔を崩したと思う。
それくらいに要の言葉は意味不明な上にそれゆえ衝撃的だった。
どういうつもりで言ってるんだこの子は。


「・・・・・・どうしてかな?」
「さっきとか、この前とか、私が先生のとこから帰ってきて幸せモードだと
なんだかナツ、機嫌悪いっしょ」



気付いてるんだぞ、と、要は笑う。そこが気付いててどうしてそこから気付かないかな。
嫉妬とかいうものでは、多分ない。
先生っていう存在はやっぱり僕にとっては恋愛とかそういうのとは関係なくて
むしろ自分からそういう存在に恋して浮かれる要に対して苛立っていたんだと思う。



「そう?」
「ほら、今違ってたでしょ。なんか白々しい」
「そんなことないよ」
「いやそんなことあるよ」
「ないよ」
「あるよ」



「じゃあ要はなんとかしてくれるわけ?」


「ある・・・って、え?なに相談?もっちろんよ」



驚いた顔をしながら、やっぱり女子はこの手の話が好きらしいと僕は直感した。
これは完璧に好奇心だ。



「僕が好きなのは、要だよ」


溜め息を吐き出すように、僕は呟いた。
もし雨でこの告白が聞こえなければ、それはそれでもいい。
答がわかっててそれでも好きですと想い続けますからと言うほど僕は一途じゃない。
一途なんかじゃないと思う。



けど、要はしっかり聞きとっていたっぽい。
一瞬まずい、という顔をしていたから。
聞こえなかった振りは、許されない。



「聞こえた?僕が好きなのは・・・・・・」
「わた、し・・・とか言わなかった?」



「うん。要」



ごめんね、と僕は言った。
報われる未来がないのにこんなことを言って、それでもし好きな笑顔を僕の前限定で封印されたらと思うと
なんだかみぞおちが熱くなる。



「いいよ、困らせたくて言ったんじゃないから。
ただこの手の話題を要に振られるのは正直つらかっただけだから」



雨の匂いが立ち登ってくる。
梅雨、戻ってこいって言ったけど、やっぱり終われ。
また雨が降って、それで要が僕の傘に入らなかったら、避けられたら僕は。




ザアアアアァアァァァアアァァァァ・・・・・・




「ナツは私がどうしたら傷つかない?」


やがて要はぽつりと言った。


「私がナツを好きだと言ったとしてもそれは白々しいし
だからといって先生しか見えないって言ったら、それだってナツは悲しいんでしょ?」



本当だ、僕はどうしたいんだろう、好きだといった途端に要が僕と恋に落ちるとか
そういう奇跡があるわけでもないのに僕はやっぱり、これでこの帰り道でもう、要に目を見てすらもらえない。


「心が通じないやるせなさとか、知ってる。分かってるから、私・・・私も先生に同じように気持ち抱えてるし」


抱えて、る?


僕が立ち止まると、要も一瞬遅れて立ち止まった。


「私、先生と付き会ってるわけじゃないんだよね、実は。完全なる一方通行なわけ。
ただ、悔しいからお昼には押しかけたりして、質問。けど、けどね?」



要は湿気を含んですごく寒そうに見えた。
唇が少し不自然な形にわななく。



「もうやめてくれないか・・・って・・・わたし、私」


「・・・ごめん」


ごめんと謝る前に、要を胸に感じていた。
見てて思うよりも、小さく感じられる要のことを、やっぱり僕はいくらごめんと言ってもいいから抱き締めたかった。


「ごめ・・・私、卑怯・・・ナツの気持ちとか、もう私、最低・・・」


ひゅう、と喉を慣らしながら、要は腕の中で無理矢理俯こうとする。
僕のこんなに近くにいながらも、要は、要はこんなにも遠い。



大丈夫、僕は大丈夫だよ要。
君を衝動的に抱き締めておきながら、しっかりと傘は取り落とさずにいるくらいだから。
僕は君みたいに泣き崩れたりしないから。
だから大丈夫、要。・・・要。


神様、僕は要が好きです。


「帰ろうか」


今までけっこう平気で抱いていた肩を今日は意識的に抱かなかったことに気付いて
要は少し戸惑ったような困ったような顔をした。



まだ降り続ける雨に消されていると思い込んだ要は、少ししゃくりあげていた。
ごめんねと呟く要に、わざと気付かないふりをして、歩くスピードを緩めて。



自分のことより要のことを考えるあたり、僕は思ったより要のことを好きだったらしい。
けれどそれだけかといえば、実はそうでもない。結局僕だって自分が可愛いから
出来るならば要の幸せに便乗して僕も幸せになりたい。



それはどこか間違っていることなのだろうか。



歌い出したくなる雨に、僕は唄う。
梅雨を呼ばなくても今と同じ距離で君の側にいたい。




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