な                      す
           の                れ           の
    つ            わ                 も

















こんなこと隠しててもどうにもならないから正直に言うと




僕は美夏が好きだ。






好きで 好きで 好きで。




この恋を無くしたら、世界が終わってしまうんだと
半ば本気で思っている。









それなのにこの目の前にいる子は。




「あつーい」






なんとかなだめて日誌書くのをジュース1本で待って貰っているくらいで。
買ったばかりのそれが汗をかきながら周りの空気に馴染んで行くのを追いかけるように忙しなく口に運んでいる。


僕の気も知らないで。
知らせていないんだから当然といえば当然だけれども。




この関係が良い方に変化することよりも、その僅かな可能性に賭けたために全て失ってしまうことのほうがとてつもなく恐ろしいことだった。
だから朗たちはもう何ヶ月も、その前のふたりとは一方的に朗の気持ちが変わっているという点で変質していることに気付かないまま過ごしていた。


思ったことをすぐ顔に出してしまう美夏とは違って、朗は自分が思うよりも落ち着いて見えるらしい。
それは多分感情の起伏がまわりに見えにくいからだと自分では思っているんだけど、目の前の彼女は名前にそぐわず思いっきりこの残暑を憎らしく思っているような表情だ。




「朗も律儀だよね。1人しかいないんだから日誌なんて適当にしても怒られないのに」


美夏がガタガタと音を立てながら椅子ごと近づいてくる。


「まあなんとなくね」







嘘だった。






なんだかんだいって、居残りに付き合ってもらえるくらいには朗たちは親密だった。
そこにはとても明確な賄賂が存在しているんだけど、それでもこうしたやりとりは常に朗からというわけではなく(主にノート絡みとか宿題関連で)美香から昼を奢られることだってあった。
まあ、取り敢えず、教室で2人きりでいても気詰まりしないくらいには親しい。




「なにしてるの」
「うん暇だから」


気付くと美夏が缶をなぞって集めた水滴を利き手じゃない朗の左手の甲に垂らしている。




「冷たいよ」
「いいじゃない暑いんだから」
「意味わかんないよ」
「常に違うとこに流れてくって昔映画で見たから試してみた」
「意味が分かるのと納得するのとは違うんだね」
「ノリ悪いよ朗」
「これっぽっちじゃ流れないから無理だよ」


口では言いながら、それでも朗はそのままにしていた。
(惚れた弱みというやつだ)


「なんか綺麗ね」と、水滴を見て美香が呟くのをなんとなくこそばゆく思いながら朗はペンを走らせる。


体を少し斜めがちにしてこちらを覗き込む美夏は、好きだからとかそういうのをなしにしても綺麗だと思う。うつむきがちの睫毛が長いとか髪の毛が柔らかそうとかそういうパーツをとっても綺麗なのだが決定的にどこがというわけではなく、やっぱり全部が。




目をノートに落として再びペンを走らせる。
あまり待たせると今度こそ帰られてしまう。









「・・・・・・なに?」


美香が見詰めていた。


「ううん」


否定しながらも黙って見られるのは居心地が悪い。
けれど「なんでもないよ」ともう一度否定されてはもうなんだとは聞けない。


「飲む?」
「いや、いいよ」
「そう?」
「うん。もう少しだから」


きっと向こうもどうでもいいのだろう、無感動な声で会話が終了する。
それでも美夏は僕から視線を外さなかった。
うなじが熱くなっていく気がした。それとなんだか眩暈がする。




「朗はさ」
「うん」




「・・・・・・私のことはいいから早く書いちゃいなよ」




目をそらさずに見詰め返していると、不意に美夏は俯いた。


心なしか美香の頬が赤いような。
それは希望的観測に過ぎないのかもしれないけれど、確かに赤く見える。




そして多分僕も。







ひょっとしてひょっとすると今とてもいい感じなんじゃないか・・?




恋愛はタイミングが大事だとはよく分かっている。
けれど僕は少しの間逡巡した後、また日誌に目を落とすことにした。
チャンスを逃したかもしれないということは分かった。


けどペースを上げて書き終えた日誌から再び顔を上げたとき
まだ赤のほんのり残る美夏を見て思ったんだ。






「いこうか」


「終わった?」




「うん。帰ろう」











今のことでもう目の前の人は分かってしまったかもしれないから率直に言うと


僕は美夏が好きだ。






好きで 好きで 好きで。




この恋を無くしたら、世界が終わってしまうんだと
半ば本気で思っている。





だからもう少しだけ、もう少しの間だけ


この曖昧な距離を保っていたいんだ。








誰もいない校門を潜って2人外に出ると、小さな朱色の太陽が鋭くて。
目が痛んだ。同じようにもう一箇所、呼応するように痛み始めた。




「この時間はもう秋だね」




その声が不意打ちのように優しくて、朗は持っていたバッグを握り締めた。





















(09/12/03)  ぬるま湯。放課後大好きです。







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